sub3-229-3 三国街道から三国山・大源太山 クリックすると、1日目 2日目へリンクします。 |
3,4日目 コース概略図はこちら 3日目:猿ケ京温泉(関所跡)→(R17)→永井の先“中部北陸自然歩道 上州路三国峠みち”入口→三国峠→ 三国山→大源太山→平標山之家 4日目:平標山之家→(上信越自然歩道、岩魚沢林道)→平標登山口 3日目 車中で仮眠し、車を預け、3:30、猿ケ京交差点を発つ、予定では旧道を拾いながら歩くように組んでいたが、時間的に早く散策に意味が無いので中止、30分遅らせての出発である。山間に入るまでの5km、R17で直行する。4:14、法師温泉分岐点、永井宿の上を通り、山間の入口である“中部北陸自然歩道 上州路三国峠みち”、に4:48着。山靴に替え、山蛭避けの防虫スプレーをたっぷりかけて、5:00スタートする。 夜の明けきれぬ新三国大橋 山並みがくっきり 旧永井宿を見下ろして 永井の先で“中部北陸自然歩道 上州路三国峠みち”へ、ここから山道 観光用に手が加えられたのだろうか、いやそんなことはないと思う。案内板にも書いてあった、“昔の姿がそのまま残されている。史跡が多く、万葉の昔から今日まで人々の歴史の変遷を伝えている。昭和34年R17が開通するまで、表日本と裏日本を結ぶ重要な街道として、親しまれてきた”、とあった。道幅は広く道標、ベンチが点々とあり、スロープは緩く、MTBの初心者コースかと錯覚する、6:02大般若塚着、小休止。ここで一命を落とした者の供養塔、戊辰戦役史が解かりやすく説明されていた。 ご参考:明治26年(1893年)信越線が全線開通し、更に、昭和6年(1931年)上越線全線開通すると、三国峠は人跡未踏の峠道となり、三国街道沿いの宿場町も人が減ってしまったようです。そして昭和34年のR17開通により、要路としての使命を完全に終えたようです。そして人々は今、この峠道に、効率や経済性を優先する時代には見えない尊い何ものかを見出しているようです。 先人の踏みしめた道を歩いて1時間、大般若塚、ここで命を落とした人供養塔、休憩所あり ここを出るとすぐに、三国峠が林間から見える、その向こうに新潟の山も顔を出す。さぞ古人は、故郷の山を眺めて、安堵したことだろう。セミシグレの中を、ブナの林を巻きながら進む、6:43三坂茶屋跡通過、6:48沢を渡り冷たい水を飲む、50m先で法師温泉からの道を合わせる、法師温泉4.0km、R17まで1.3kmとある。若干西方向に回り込んだミズナラの林で、長岡藩士なだれ遭難の墓に出る、6:55。案内板によれば、元文5年(1740年)江戸から長岡に犯人を護送中表層なだれに遭い、藩士が遭難した、とある。更に、犯人と人足は巻き込まれず助かった、とか。 回り込むと早くも三国峠と越後の山が見える ブナの林を巻きながら進む 法師温泉方面の道を合わせ 緩い斜面に墓を見る、元文五年(1740年)長岡藩士がなだれで遭難 更に回り込んで、明るくなると峠付近が見え、三国トンネルの群馬県側への下山道を合わせる、7:13。ほどなく三国峠着、7:18、これで三国街道の予定コースは終わった。蛭にやられなかったし、ここまでは順調なウオーキングであった。 ご参考:上越二国境にあるのに何故三国峠? これは、ここに祀られている三国権現に由来するそうです。三国権現は三つの国の明神様、越後の弥彦、上州の赤城、信州の諏訪を合祀しているそうです。 林を抜けぱっと明るくなると峠が近い 三国トンネルからの散策路を合せ 三国峠、三国権現 稲包山への道標 峠をウロチョロしているうちに、稲包山への道標を見る。法師温泉から赤沢山、稲包山、三国峠と歩き、法師温泉に戻る計画があるが、なかなか実行できない、もう3年になりそうだ。このコースは完全に蛭に遭う、秋できるかな、7:35三国山へ向う。ニッコウキスゲが沢山蕾をつけている、この辺は咲いたら奇麗だろう。真っ赤なヤマツツジ、ウラジロヨウラクが咲き始めていた、ウラジロヨウラクは4,5年ぶりになる。一段上がった所で、振向くと稲包山と苗場山が見えていた。直下には三国峠が、上は山頂が届くような位置にある、峠に1人いるようだった。 峠付近では、ヤマツツジとウラジロヨウラクがやっと咲き出してました 西方向に尖った稲包山が 北よりに苗場山がうっすらと 階段を一歩一歩、峠は下の方に 三国山山頂は、もうすぐだ どうも、思うように先に進まない、こんな階段ヘッチャラのはずだが? 花の写真を撮り、気分転換を図る。巻道を過ぎ、8:35やっと登りきって、おかしいな、っと山地図を見る。コースタイム1時間で、結果も1時間、倍もかかったわけではない。最悪16:00までに山小屋に着けば良いのだから、時間的には問題ない。 【山頂直下のシラネアオイ】 ヤブに分け入り、ムラサキヤシオの写真を撮る、笹をこいで登る、大丈夫か? 山頂の眺望はイマイチ、薄い雲が多い、8:46、2座目の大源太山に向う。8:55巻道を合わせる。ムラサキヤシオがどれも奇麗だ、コヨウラクも咲いている。アカモノの花、オオバイワカガミ、ツマトリソウも咲き出した。シラネアオイがポツンポツンと結構の数が咲いている、丁度見頃かな、これはあきらめていたが得したよう。 三国山山頂(1636.4m) 山頂付近のムラサキヤシオ、ほぼ満開 山頂付近のムラサキヤシオ 明日の最終日に登る平標山、仙ノ倉山も見えた、大源太山は近い。エビス大黒ノ頭、これも頭を出した。残雪も予想したより少ない、高山植物も見頃だろう。またシラネアオイに逢う、上品な花だ、群落を作らないところが好きだ。開きつつある花、半開き、全開の花、それぞれ花にしてみれば一瞬だろうが、美しさはそれぞれ異なる、どれもいいもんだ。力尽きた末期の花もあった、子孫を残す準備は整っているのだろうか。よく咲き終わった花を摘んで、良い花のみ撮ったと思われるあとを目にする、我が子を殺す人間どもと同じではないか。花の晩期は晩期で役目があり、見方によってはそれなりの美しさがある、ここを見て欲しいなあ。 北へ向うと平標山、仙ノ倉山、大源太山が顔を見せる ムラサキヤシオ、コヨウラクがここでも、見頃 三国山の巻道を合せる アカモノの丸い小さい花に、カワイイ 霞む谷川岳方面の山 近づく、平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭、大源太山 オオイワカガミも稜線に点々と ツマトリソウ(色が飛んでしまった) 【稜線東側ではシラネアオイが点々と】 徐々に視界が良くなっているようだ、谷川岳付近まで見えてきた。ユキザサが咲き出した、ほとんどこれからだ。黄金の花、キジムシロは稜線の日当たりの良い場所で散り始めている。 時々雲が覆うけれども美しい、平標山、仙ノ倉山 谷川岳方面 ユキザサ(咲き始め) キジムシロ(満開) 【稜線のいたるところでムラサキヤシオが満開】 ヤブの中で写真を撮っていたら、ついに三国峠にいた男性に抜かれた、三角山山頂10:37。ここで浅貝へのルートを分ける、浅貝まで1時間45分と書いてあった。大源太はもう目の前、このままだとちょっと早すぎるかな。下って少し登り返して大源太山分岐10:48。 三角山、浅貝方面分岐あり 南から見るなだらかな大源太山 苗場山を西方向に眺めると 大源太山への分岐 分岐点にザックを降ろし、大源太山へ向う。ダケカンバの樹床では、マイズルソウ、ツバメオモトが咲いていた。ツバメオモトは私の好きな花、葉も良い、蘭ではないが蘭を思わせる雰囲気の花だ。山頂手前でアズマシャクナゲを見た、かろうじて咲き残っていた感じ、ムラサキヤシオはここでも満開、10:48、大源太山1764.1m山頂着。 樹間から平標山 樹床にマイズルソウがビッシリ(開花したばかり) ツバメオモトも樹床と登山道脇で奇麗に アズマシャクナゲの花が残ってました 大源太山山頂、1764.1m 昨秋もここから眺めたが、ここから見る平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭が素晴らしい。特にエビス大黒ノ頭が圧巻だ。この山そのものは、山頂は平坦に見えるし、簡単に稜線から往復できる。最後のミカンをゆっくり食べて、腰をあげる、11:31。 山頂から平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭、・・・・谷川連峰 山頂から平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭、・・・・谷川連峰 オオカメノキ サンカヨウ 仙ノ倉山 進んではいましたがタムシバ 平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭、雲がほぼ切れて シウリザクラ オオバキスミレ 仙ノ倉山 エビス大黒ノ頭 ミツバオーレン タムシバ 平標山、仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭を眺めながら、頭から落下してくる汗を拭きながら、夏山の雰囲気を満喫する。シウリザクラが1株だけ咲いていた、タムシバも残っていた、花良し香り良し、ミツバオーレン、キジムシロは散り始め。小屋のチョット手前で年輩の団体さんに会った、まさか小屋に同泊する人たちとは考えてもみなかった、12:28平標山乃家着。 新装なった平標山乃家 鐘の音は変わらず 山小屋付近から平標山 仙ノ倉山 エビス大黒ノ頭 雪解けも気温の上昇で一気に 仙ノ倉山 エビス大黒ノ頭 本日の所要時間は、8時間58分であった。三国峠からは、水ばかり体が要求し、予想外にきつく昼飯は抜いてしまった。小屋では、種々雑多話が交差する、昨日私が赤谷湖周辺を歩いていたのを小屋の主が見ていて、聞いてみようかと思ったが口に出なかったようだ。今日と明日の予定を見て、同一人であることに納得したようだ。明日の平標新道は渡渉が難しいから止めた方が良い、と云われた。ルートとしては、平標山から松手山方面へ下山とする。 何時の間にか、胃袋も食物を要求している、窓越しに仙ノ倉山、エビス大黒ノ頭を眺めながらコーヒーを飲む。5時頃から山頂にガスがかかった。明日は晴れと信じ込んできたのだが。結局、19:00頃の情報では、長野は降りだしている、明朝降ってなくても時間の問題だ、という見通しだった。 4日目 4時起床、濃い霧に包まれ、若干雨粒らしきものを感じる、夜中に強い風も吹いていた、今も時々。この状態で、歩いて楽しいだろうか? と自分に問い掛ける、NOである。としたら、雨が降り始めないうちに下山してしまう、これが結論だった、4:35、食事を済ませ、平標山乃家をあとに。 濃い霧の中、足早に下山 勾配が緩やかになると もう、林道だ、小屋から30分 降られないうちに、と思ったが下界は明るい 道際に点々と咲くタニウツギ 苗場山は薄っすらと見えている、もうすぐR17(三国街道)だ 丸太の階段を下り、一気に林道を目指す、5:06林道に出る。林道から見る限りでは、濃い霧は上の方だけで、周辺の低い山は見えていた。歩数とともに緑が濃さを増す、沢の音もエネルギッシュに聞こえる、5:32遮断機通過。タニウツギを目にすると登山口はもう近い。ここからは苗場山の山頂部がうっすらと見えている、5:50平標登山口着。4日目の所要時間は、1時間15分であった。八王子Noの山帰りの車に乗せてもらい、6時半には猿ケ京に戻っていた。 総所要時間は、 1日目: 7時間01分 2日目: 9時間38分 3日目: 8時間58分 4日目: 1時間15分 合計: 26時間52分 であった。 三国街道の旧街道は、それなりに整備され歩きやすく、一部交通量の多い場所も通過したが、ドライバーがほとんどスローで通過して行った。計画の楽しさ、歩いて吹き出る汗、日焼けした肌、この足で歩き、この目で見た光景は、いつまでも脳裏に残るだろう。歩くことにより、先人の歴史にちょっとだけ触れたような気がする、気のせいかな。満足度は、三国街道60点、山が2座落として20点、合計80点としておこう。 クリックすると、1日目 2日目へリンクします。 |