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山行日 2010年3月22日 晴れ 単独 コース 概略図はこちら(2010/3/25追加) 碓氷峠鉄道文化むらP→旧坂本宿→旧中山道入り口(旧R18C=9)→熊野神社(碓氷峠見晴台)→旧軽井沢→ 軽井沢駅→碓氷峠(旧R18C=184)→めがね橋(旧R18C=34)→(アプトの道遊歩道)→碓氷峠鉄道文化むらP 【“C=”はカーブNo】 葛生のアド山に続いて、また、30kmウォーキング、碓氷峠を一回りする上記の計画を立てた。距離的には横川と旧中山道入り口が3.9km、旧中山道が熊野神社まで8.3km、その先旧軽井沢まで4.3km、旧軽井沢から軽井沢駅まで1.6km、帰路軽井沢駅から横川まで15.5km、合計33.6km、時間的には累積標高差900m弱を考慮して10時間とし、バスで帰ることも考え6:00出発とした。 朝食とワンコの散歩を済ませ、4:50に家を出た。朝っぱらの高速道路を走り身支度をして5:55スタートとなった、今朝は大分冷え込んでいたのでその分着込んでいる。旧軽井沢までの旧中山道は一度歩いているのでコースは心配ない。早朝の坂本宿跡をカメラにおさめながら徐々に高度を上げ、7:00旧中山道入り口(旧R18C=9)着。 横川駅前の旧中山道 碓氷関所跡 画像クリック拡大 旧R18に合流、右折して霧積川を渡って小道、薬師坂に入る 左手に薬師堂 直ぐに左にカーブして旧R18に合流 裏妙義の岩峰と梅の花 原地区の家並 高速道路下に水神宮 坂本地区に入り、ここが旧坂本宿の東端、下木戸跡だったとか 坂本地区の家並 掲示されている屋号一覧から宿場には本陣2、脇本陣4があったようだ 家並が続き、正面に刎石(はねいし)山(旧中山道は直下を歩く) ここが西端、上木戸跡となるようだ 時代は碓氷バイパスも高速道路もなかった頃、この辺は軒並み食堂で、ジャン荘も盛ったとか 八幡宮という立派な神社あり 鳥居をくぐると右手に道祖神 旧R18が右カーブにかかる所で旧中山道は真っ直ぐ進み、タンクの奥を回り込むように歩きC=9で旧R18を横断する 山間への入口がすっかり整備されているのには驚いた。以前は安政遠足の表示だけだったが、休憩所、案内板(地図)と行き届いたサービスに頭が下がる。山間に入りまたビックリ、ゴミが全くない、人山者は踏み跡からすると多いようだ、この時期でも相当数の方が歩いているようだ。もう一つ、各旧中山道のポイントを丁寧に案内板に書かれている。ということは、予備知識なしに案内板を読んで学習しながら熊野神社に着ける。合せて春秋は草木も楽しませてくれるだろう、7:23刎石坂。 立派な休憩所がある、ここが旧中山道の碓氷峠越えの出発点である 県境にある熊野神社まで8.3kmのようだ 薄暗い杉林をしばらく歩くと 堂峰番所跡に出る、往時の石垣だそうだ 杉森が明るくなると 雑木林に変わる、この石垣もかな? 柱状節理の露岩の前を通る この辺を刎石坂と呼んだようだ、南無阿弥陀仏、大日尊、・・あり 刎石山を東に回り込んで坂本地区と横切る高速道路を一望する 南側に進み碓氷湖を眼下に 画像クリック拡大 風穴が数箇所あるとか、手を入れると温かかった 弘法の井戸、霊水とか 若干平坦になると四軒茶屋跡に出る、石垣が残っている その先で、碓氷坂の関所跡に出る 風穴、弘法の井戸、四軒茶屋跡を過ぎると間もなく碓氷坂の関所跡に出る。ここが、昌泰2年(899年)関所を設けた場所と思われると案内にある。その後仮番所が作られ、宝永5年(1708年)に上横川に作られ碓氷関所となったようだ。ここで疑問、“碓氷峠の関所跡”と何かにあったが、碓氷坂ではないのだろうか。一般的に言う“碓氷峠”は旧R18の群馬・長野県境である。熊野神社を旧碓氷峠という人もいるが、あそこには“碓氷峠見晴台”なる標記と場所はある。 再び広葉樹となり緩やかなアップダウンを繰り返す 裏妙義を樹間に眺めながら進む 春秋にぶらり歩くのが良さそうだ 榛名山も右方向に見えた 旅人を眺めてきた大きな木 画像クリック拡大 堀切といって戦国の代、堀り割って防戦した古戦場の跡 再び裏妙義を樹間に 南向馬頭観音 切り通しを北側に回ると北向馬頭観音 間もなく左に崩落の痕、その先に車の乗り捨てあり、何で? この辺から道幅が広くなり、栗が原に出る 大分冷えたのかな、6,7cmの霜柱 入道くぼを過ぎると 作業道の跡に出て、 しばらく進むと山中茶屋跡に出る、時代は異なるが学校もあったとか この辺を山中坂と呼んだようだ 何十年前のものだろう、山中に放置状態だ 建物は使われていないようだ 霧積温泉からの道を合せ 残雪の道をしばらく歩く 碓氷貞兼霊社を道の下方に ここを仁王門跡とか、鼻曲山登山口の道標あり、この直ぐ先 熊野神社まであと3km地点8:53、あと1.5km地点9:23、ここを陣場が原というようだ。この少し先で分岐点を見落とし、そのまま和宮道(安政遠足もこのコース?)を歩いてしまった。霧積温泉合流点でおかしいと思ったが、道標に熊野神社があったのでそのまま歩き、仁王門跡で間違いに気づく。ちょっと遠回りをしたようだ、熊野神社9:48着。 群馬・長野県境に建つ熊野神社に到着 石段と山門 鳥居脇の面白い格好をした狛犬(室町時代中期の作) 熊野皇大神社、熊野神社 画像クリック拡大 熊野神社南にある碓氷峠見晴台、中央に県境 同所より展望、八ヶ岳 画像クリック拡大 妙義山 画像クリック拡大 浅間山 浅間山 浅間山 碓氷峠見晴台からクッキリした浅間山を眺め、10:17旧軽井沢に向かう。“碓氷峠見晴台”の門脇に、旧軽井沢へ通じる遊歩道がある。ネットで調べたらこれが旧中山道と書いたものがあったが定かでない。樹間から浅間山を見ながら緩やかに下り、町道三度山線に接近すると、上を渡って林間をしばらく歩き、吊橋を渡ると間もなく、旧中山道という小道があった。この道を歩き県道133号線で旧軽井沢に入る。休日で賑わう軽井沢銀座、おかしな格好をしているのは私だけのようだった、旧軽井沢バス停着11:18。 戻って、旧軽井沢方面の遊歩道に入る 広葉樹林を緩やかに下る 浅間山を枝間に眺めながら 下の町道三度山線の上を渡って、林間をしばらく歩き 吊橋を渡って左に少し歩き 遊歩道から小標識に従って 小道を進むと 間もなく県道133号線に出る 県道は直ぐに遊歩道とも合流し矢ケ先川を渡ると 間もなく軽井沢銀座に入る 休日で賑わう軽井沢銀座 ここからは対象的、静かな街並みだ、但し特定の店の看板に群がってカメラを向ける人達あり、なーんでか? 11:40-11:50軽井沢駅、小休止して帰路につく。緩やかに上り碓氷峠へ、ここからは下る一方だ。車の走らない旧R18を期待したが、休日のせいか結構車が多い、1分間に2,3台通過する、耳をすませ左右行き来しながら歩く。最短距離、被写体を探しながら、標高900m地点12:35、めがね橋まで7.4km地点12:40通過、あと5.5km地点13:05通過、あと2.6km地点13:46通過、14:20めがね橋着。 旧軽井沢バス停から駅に向かう通りは静かだ、左駅方向、右旧軽方向 本日第2の目的地、軽井沢駅 駅付近から浅間山 旧R18、C=184の碓氷峠、左が長野県、右が群馬県、ここから長い下りとなる 工事中、C=171 標高900m、C=152 廃線信越線を下に、C=131 アプト橋梁跡と上に廃線信越線、上り&下り、C=128 廃線信越線、下り&上り アプト式の列車が走っていたトンネル 5連アーチのアプトの橋梁、第13橋梁(中尾川橋梁) 画像クリック拡大 所々にあるめがね橋までの距離 道沿いにダンコウバイ アプトの橋、碓氷第6橋梁 アプトの橋、碓氷第5橋梁、C=60 アプトの橋、碓氷第4橋梁 道沿いのキブシの花、背景は裏妙義の岩峰 工事中 ついにめがね橋が 入口に“お知らせ”の貼り紙、“23日から・・・・、伐採のため・・・・”、今日は大丈夫のようだ。アプトの道に上ると、ぞろぞろといる、いる、結構その人数が多いんですね。私も嫌いじゃないんですが、機会がねぇー。列車が走っていたら楽しいと思いますが、いろいろ考えると、ノーなんでしょうね。でも、信越線はもったいないなあ、活かせないのだろうか。新幹線の客が減る? 碓氷第3アーチ橋、ここにも駐車場あり 見上げれば・・・ 北側の側面 南側の側面 近くに廃線となっている信越線の橋梁が見える アプトの道から碓氷第3アーチ橋東側から 碓氷第3アーチ橋を渡ってトンネルに入る 連続するアプトのトンネル 3、2号トンネル間から碓氷湖 坂本地区 裏妙義 1号トンネルの手前で今朝ほど通った旧中山道の休憩所が見える 裏妙義の岩峰が手に取るように 1号トンネル横川に向かって西側右手から旧R18に通じる 1号トンネルを振り返る 旧R18をくぐり廃線の信越線、上下に出る 遊歩道は旧上り線を改造して造られているようだ、レールは飾り? 丸山変電所跡 観光列車の停車駅となっている 碓氷峠鉄道文化むら アプトの道に敷かれた、軌条に使われていたラック? 早咲きの桜とトロッコ列車 アプトの道はここで終った、駐車場隣り 横川に近づくにつれ、人の数を増す。ひとは、トロッコ、汽車、電気機関車なんて、みんな好きなんだよね。一生懸命さを自分に重ねて読み取るんだろうね。“遅くてもいい、たまにはドジってもいいじゃないか、人間だもん”、誰かのパクリ的表現、お許しを。15:35駐車場着、総所要時間は、9時間40分、この標高差と距離、ちょっとハードだったかな。 |
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